池田 毅さん|地道な品種開発で築いた市場価値

池田 毅さん
昭和34年生まれ部奈出身

地道な品種開発で築いた市場価値

湧き水を使ってクレマチスを隔離栽培

私が生産しているのは切り花用のクレマチスと、コニファー(針葉樹)を中心とした花木です。クレマチスはカナダ産のピート(泥炭)を使ったポット栽培で、水と液肥を機械で自動灌水させています。このやり方だとネコブセンチュウなどの病虫害を防げますし、木の成長をコントロールしやすい。また茎を太くできるので、フラワーアレンジメントに使いやすい花が出荷できるんですよ。「一本で立つクレマチス」が私の売りです。

我が家の土地は段丘下にあって自然の湧き水を利用できるので、水道代はかかりません。水のあるところを選んでくれたご先祖さまに感謝しています。クレマチスは植え替えの必要がなく、一番古い株は20年くらい経っていますね。収穫回数は品種によって違いますが、年に3~4回転で、娘も収穫を手伝ってくれています。みなみ信州農協に出荷できるのは週に3日だけなので、収穫した花は冷蔵庫で保管します。栽培ハウスが自宅の隣にあるおかげで、収穫した花をすぐ冷蔵庫に運べる点はとても楽ですね。

観察力で新品種を見つけ、10年かけて市場に

今生産しているクレマチスはつぼ咲きや八重咲きなど全部で七種類。中でもベル咲きクレマチスの「池田ベル1号」はオリジナル品種として登録されており、市場では「麻理(マリ)」の愛称で流通しています。

たくさんのクレマチスを挿し木で育てていると、ときどきそれまでとは違う性質の花や葉が出てくることがあります。そのわずかな変化を見逃さず、「これは」と思ったものを選別して挿し木で増やしていくんです。出荷できる数まで株を増やすのに10年くらいかかりますね。花の世界はコアなファンが多いので、色や形のわずかな違いでも差別化できて高値がつきやすいんですよ。マリなんかは東京の花屋で地元の何倍もの値段がついています。

オリジナル品種として登録されている「池田ベル1号」

クレマチスは基本的につる性で、葉っぱが周囲にからみつきます。鉢植えはともかく、切り花として収穫するにはとても手間がかかるので、クレマチスの切り花は生産者が少なく市場価値も高いんです。私は十数年かけてつるが巻きにくい性質のものを選抜してきました。それでも台風などでビニールハウスに大風が吹き込んだりすると、たった一日で葉が巻き付いて収穫できなくなります。風で葉がこすれると、「これは危ない、体を支えなきゃ」と、植物の中に眠っていた本能が目覚めるんでしょうね。

以前、たった一度だけ普通の倍くらい大きな花が咲いたことがあります。「これはすごいのを見つけた、これを増やせばオレは世界レベルのブリーダーだ」と思ってハサミで切ったまではよかったんですが、つい、いつもの出荷作業のようにシュッと茎をしごいちゃった。挿し木に必要な芽まで落としてしまって、がっくりしたことがありました。

 こうして手間と時間をかけて独自品種を育てても、市場に出して3年くらいたつとその花粉を使った似たような花が出回ってしまうので難しいですね。

手間いらずのコニファーは資産になる

コニファーは、出荷しているのが6種類ほど、商品化に向けて試作しているものも同じくらいあります。コニファーの長所はなんといっても管理や収穫の手間がほとんどかからないこと。消毒も肥料もほとんど必要ありません。苗を植えてから収穫できるようになるまで4~10年かかりますが、木が育ってしまえばクリスマスリース需要などで安定した収入が見込めます。土地と時間が必要なので簡単に新規参入できるものでもない。遊休地を持っている友人などには「老後のための投資だと思ってやりなよ」と勧めています。子どもたちに遺してやる場合でも相続税がかかりませんしね。

ラグビー少年が鮮魚コーナーを経て農業へ

私自身は下伊那農業高校時代にラグビーに打ち込んでいて、県大会の決勝にも出場しました。就職活動なんかちっともしていなくて、先生が推薦してくれた卸会社の面接を受けたんですが、そこがどんな会社なのかも知らなかった。志望動機を聞かれて「実家が農家なので、農業に関連する仕事をしたいと思いました」と答えたら、「うちは水産卸の会社だよ」と。でもそこの人事部長がラグビー好きで、私が出ていた決勝戦も見てくれていたせいか採用され、以来、スーパーなどでひたすらマグロの刺身を作っていました。

 24歳で脱サラして実家に戻ったんですが、親と一緒に仕事をするのは嫌だったので完全に別経営で農業を始めました。資金を借りて1反歩のビニールハウスを建てて、まずはトマト栽培を始めました。ところが肥料をやりすぎて規格外に大きいトマトを作ってしまうなど失敗ばかり。次にキュウリを始めたところ、収入は上がるものの忙しすぎる。そんなときに農協の指導員から「花をやってみたら」と言われたんです。当時は花農家が少なくて、下伊那郡下から15人ほどの若手が集まって「何を作れば売れるのか」と手探りしながら始めました。作りたいものを作れるというのは楽しいですよ。40年前に集まった当時の仲間はみんな後継者がいます。きちんと儲かっているから。

ブルースターからクレマチスへ至る花遍歴

 花の栽培に転じてからは、ずっとブルースターを中心にやっていました。品種開発にも力を入れて、6種類くらい品種登録しました。でもブルースターは連作障害がひどいんです。栽培面積を広げるのも土壌消毒するのも限界があったので、現在の隔離ベッド栽培に切り替えながら、他にもいろんな種類の花を育てていました。

 たとえば15年ほど前はダリア栽培に取り組んだこともありました。東京の品評会で茶色いダリアを見かけて「これは珍しいな」と思って購入し、軽い気持ちで植えてみたら、ブルースターのせいで何も作れなくなっていた土でもよく育ち、連作障害で荒れていた土を2、3年で元に戻してくれることがわかったんです。ダリアは寒さには弱いですが、ブルースターより連作障害に強く、比較的長く収穫できる花です。同様の悩みを抱えていたブルースター農家にすすめたらどんどん広がって、今や南信州は日本一のダリア産地になりました。

 私のハウスはダリアの通年出荷が難しい環境で、また花の日持ちが短いこともネックに感じたのでダリアは3年ほどでやめました。一方、クレマチスはダリアほどの日照は必要ありませんし、生産農家も少ない。いい品種を作ればいい値段で買ってもらえる、やりがいのある花だと思ったんです。

クレマチスを始めたのは、20年ほど前に母の日で売れ残っていたのを半額で買った一株が最初です。ホテルなどのフラワーアレンジメントを大々的に手掛けているデザイナーさんがその花を見て「形が面白いね」と言ってくれたので増やし始めました。きっかけなんて、そんな些細なものなんですよね。

我が子に学んだインスタが武器に

 2017年から、娘に言われてインスタグラムでの発信を始めました。最初は「オレには無理だよ」と尻込みしていたんですが、教わりながら始めてみるとこれがけっこう面白くて。来てくれた花屋さんに宣伝したりしながら地道に続けて、今は8700人以上のフォロワーがあります。世界的なフラワーデザイナーがフォローしてくれたときは、その影響でフォロワーがどんどん増えて驚きましたね。そうしたデザイナーさんが私の花を使ってくれることがしばしばあります。クレマチスは生産者が少ないので、いろいろ探しているうちに私のところにたどり着いてしまうようです。今ではDMで注文が入るようになりましたから、これでけっこう仕事が成り立ちますね。

花栽培は難しいと思われがちですが、競争力のあるもの、自分のライフスタイルに合う花を見極めることができれば、それなりに結果を出せる分野だと思います。 

池田毅さんのインスタグラム

https://www.instagram.com/farm_ikeda